埼玉県美里町。穏やかな時間が流れるこの町の一角に、ふわりと甘い香りを漂わせる小さな工房がある。その名は「Rogue」。イベント出店を中心に活動し、多くのファンの心を掴んできた焼き菓子店が、ついに念願の拠点を構えた。
その道のりは、決して平坦ではなかった。夢と現実の間で揺れ動き、時には涙することもあったという。
忘れられないオフラインイベント最終日から、ちょうど1年。特別な意味を持つ9月1日という日に、私たちは店主のRogueさんを訪ねた。工房のオープン準備に追われる彼女の瞳は、これまでの歩みを慈しむように、そして未来を見つめるように、キラキラと輝いていた。
今回の聞き手は、オフラインイベントを共に作り上げた盟友、梅澤が務める。
夢への軌跡と「Rogue」誕生までの道のり
じゃあ、始めますか。よろしくお願いします。…なんか、変な感じですね(笑)。
はい、よろしくお願いします!(笑)変な感じですね。
じゃあまずは、Rogueの経歴から。知ってるとは思うけど(笑)、改めて教えてください。
知ってるけどね(笑)。なんか改めて言うのも久々だなあ。砂川さんのラジオ番組以来の自己紹介かも。えっと、まずはお菓子の専門学校を卒業して、本庄にある『トリアノン』さんで2、3年くらい働いていました。
へえー、結構いたんだね。
そうなんです。バイト時代からも含めるとそれくらい。もともと、浦和にすごく行きたいケーキ屋さんがあったんですよ。もう有名な、某有名なところで。そこを目指してたんですけど、卒業してすぐには入れなくて。まずは経験を積んでからじゃないとダメだって。それで浦和に行ったんですけど…色々ありまして…挫折しちゃいました(笑)。
(笑)
結構早めの挫折だったんですよ、本当に。周りのみんなのモチベーションがすごすぎて。
あー、なるほど。引いちゃったんだ、なんか。
もう引いちゃうくらい。マジでああいうところって、すり減る思いで毎日過ごす感じで。本当にそういう世界で。それで挫折して、今度は熊谷のケーキ屋さんのオープニングスタッフになったんです。でもそこは…人間関係がちょっと難しくて。
あー、そっちか。
そうなんです。仕事の内容より、人間関係でモヤモヤしちゃって。好きだったはずの仕事も、なんだか嫌々やるようになってしまって。それで、一回お菓子作りから離れてみようと思って、実家に戻ったんです。
そこからどうやって、またお菓子の道に?
実家でバイトを探してる時に、親戚がオーナーをしているマグノリアでお世話になることになって。でも、やっぱりケーキを作るのが好きだっていう気持ちは消えなくて、またトリアノンさんでも働かせてもらうことになったんです。パン屋さんもやりましたよ!
ふーん。パン屋さんも?
はい、バイトで。
あ、一回着てくれた時あったもんね。
そうそうそうそう!パン屋さんとケーキ屋さんとカフェ、3つ掛け持ちしてました。
あ、そうなんだ!パン屋さんは学生の時の話かと思ってた。
いえ、戻ってきてからです。ここぐんち(実家)に帰ってた頃ですね。
そうだよな。スーパーアルバイターじゃん(笑)。
(笑)スーパーアルバイター。もう朝から晩まで働いてましたね。
オフラインイベントやる直前も、えぐい働き方してたもんね。
してました、してました(笑)。それで、25歳の時にRogueを始めたんです。
イベント出店と店名「Rogue」の由来
なんでまた、自分で始めようと?
いや、ほんと些細なきっかけなんです。ここぐんちの常連さんが熊谷の商工会の役員さんで、「秋祭りで出店者が足りないから出てみない?」って言われて。お菓子だったらいいかなって、それが始まりですね。
あの頃って、まだイベントでお菓子売ってる人、そんなにいなかったよね。
そうなんです!イベントっていうもの自体、よく知らなくて。バザーとかフリマみたいなイメージでした。それで、イベントってどんなものなんだろうって、深谷ベースでやってた『コーヒーと日常』に初めて行ってみたんです。そしたら、「やべえ」って(笑)。
(笑)やべえって。
イベントって、ええ!って衝撃を受けました。
で、Rogueとして初めて出店したのが、2017年の『コーヒーと日常』だっけ。
そうですそうです。ブレックファーストの回ですね。あの時、高橋くんもいたじゃないですか。ピーズの。
ああ、いたいた。高橋さんと初めて会ったの、あそこだった。で、イベントに出てみて、楽しかった?
すごく楽しかったです!お店で働いてる時とは違う、お客さんと直接話せるのが新鮮で。
店名の「Rogue」は、その時に?
(笑)そうなんです!もうぶっつけ本番で。出店するのに店名がいるって知らなくて。
(笑)
めちゃくちゃ悩んだのに、結局たまたま観た映画『スター・ウォーズ』の『ローグ・ワン』から取りました。
その話、すごいよな(笑)。
ちょうど上映してた時期で。「Rogue」って響き、なんか可愛くないですか?
うんうん。
それで、これにしちゃえ!って(笑)。
でも、そんなに『スター・ウォーズ』が好きってわけでもないんだよね?
そうなんです。最初から全部観てるわけでもないし…。一応、後からDVDで観ましたけど(笑)。
(笑)
もう、考える時間がなくて!今すぐ決めて!みたいな感じだったんです、本当に。
ビエンナーレで得た「やるしかない」という救いの言葉
オフラインやってる時にも色々聞いたけど、中之条のビエンナーレに出た時の話、あれも印象的だったな。
あー、ビエンナーレ。あれは2018年ですね。
あれは何で出ようと思ったの?
ショップカードをデザインしてくれたリエノワさんから、「こんなのあるけど出てみない?」って軽いノリで誘われて。
軽いノリで(笑)。
そうなんです(笑)。でも、1週間泊まり込みで。
どうだった?
いやー…あんまり売れなくて。知らない土地だし、知ってる人もいないし。本当に思ったほどじゃなかったですね。それで、夜に林間学校みたいな宿舎で、いろんな作家さんと話す時間があったんです。その時に、イタリアンのシェフの方がいて。
うん。
その時、ちょうど私も何をしていいか分からなくなってた時期で。4つもバイト掛け持ちしてて。
そうだよな。
そうなんです。それで、そのシェフに「迷ってることないの?」って言われて、ポロッと話し始めたら、急に泣けてきちゃって。そしたら彼が、「でも、やるしかないよね」って。
うんうん。
その一言が、すごく救いになったんです。やってれば、自然と見えてくるものがあるのかなって。それで、続けることができました。
単純な言葉だけど、場所とか人とか、状況が重なって刺さったんだろうね。
本当に、刺さりましたね。
オフラインイベントからの1年と、工房の目指す場所
じゃあ、今日9月1日は何の日でしょう?
ええ?9月1日…あ、オフラインだ!
そう!1年前の今日、オフラインが終わって、次の日にみんなでピアンティーナさんでご飯食べたんだよ。
あー!そうでしたっけ!?ひどい、私(笑)。もう女子は上書き保存だから!
(笑)あれから1年だよ。どうだった、あの4ヶ月は。
いやもう、濃かった。本当に濃かったです。人生で一番濃い時間だったかもしれない。
最後のイベント、泣いちゃったもんね。
泣いちゃいましたねえ。感動しました。
俺は泣きすぎて、逆に泣けなかった(笑)。
(笑)でも本当に、やりたかったことが形になった瞬間でしたよね。
うん。あの達成感はすごかった。じゃあ、最後に工房のことを。どんなお店にしていきたい?
一番は、近所の人が気軽に立ち寄れる場所ですね。美里町の。
うんうん。
この辺、何もないから(笑)。涼しくなったらベンチでも出して、井戸端会議できるような、アットホームな場所になったらいいなあって。
猫もいるしね。猫カフェに。
(笑)保健所に引っかかっちゃうから言えないですけど、そうなったら嬉しいですね!
